たゆたうなゆた

 此処は有機に明滅する電灯に照らされた『ボク』の影です

# 顔のない戦士

ボクは顔のない戦士と旅をしている。
旅の目的はない。
いったいボクらがいつから旅を続けているのか、ここが何処なのか、
そして彼が誰なのか、ボクは知らない。
でもボクは記憶を喪失しているというわけではない。
なぜならボクはこの世界についてなにも知らないことを知っている。
忘れたわけではないということを知っている。
ただ単にボクは知らないのだ。
それだけなのだ。

けれどボクは別に知ろうと思わない。

「顔のない」という表現は正確ではないかもしれない。
彼は四六時中、やたら重そうな鎧に身を包んでいる。
寝るときもそれを脱ぐことはなく、座って木によりかかるだけ。
そういえば食事をするところも、おしっこをするところも見たことがない。
彼が言葉を発するのも聞いたことがない。
そして彼は兜をかぶっている。
兜は顔の見える辺りが黒光りするガラス状の物で覆われていて、顔が見えることはない。
つまりボクに言わせれば「顔がない」のだ。
それでも彼は人間なのか、と思う人もいるだろう。
しかし、なぜだかボクには彼が人間だという根拠のない自信があった。
よくよく考えてみればボクは彼について何も知らないんだ。
けど全く知らないと同時に彼がまるで生涯の友人のように、
いや、双子の兄弟のようにお互い全て分かりきっている、そんな気がするんだ。

この顔のない戦士はすばらしく強い。
どんな相手でも手にした剣でばったばったとなぎ倒す。
いつのことだろう、こんな事があった。
ボクらが山の中を歩いていた時のこと。
突然、目の前に屈強な男がわらわらと現れた。
その数10人。
彼らはどうやらボクの身なりをみて金を持っていると踏んだらしい(ボクの格好はこの世界ではひどく異彩なもののようだ)。
男が一人進み出てきて言った。
「持っているもの全てここに置いてきな。命だけは助けてやる」
そして奴は刀を抜いたんだ。
すると顔のない戦士は少し身を沈めたかと思うと、次の瞬間には一歩踏みだし剣を一降り。
刀を抜いた男はぶっ飛んで岩肌に叩きつけられた。
それからのことは・・・,分かるだろう?

しかし、そんなある日のこと。
その夜ボクはとことん寝付きが悪かった。
やっとこそさ瞼が重くなってきて、うとうととしていたら、どこからか泣き声が聞こえてきた。
とても悲しげで、聞かれまいと押し殺した声。
ボクは身を起こし周囲を見回した。
たき火がちらちらと踊っている。
声の主はすぐに分かった。
・・・彼だ。
彼は声を潜め、ひそひそと泣いていた。
ボクは彼の元に近寄り、声を掛けた。
「どうして泣いているの?」
すると彼はボクの方を見上げるとこう答えた。
「世界の悲しさを知ったから」
そして彼はまた泣き始めた。
ボクは言葉に詰まった、ここでは慰めるべきなのに言葉が見付からない。
ボクはしゃがみ込んで彼の顔をのぞき込んだ。
そこにはいつもの「黒」があった。
その時ふとその言葉がボクの口から飛び出した。
どうしてボクの口からこのような言葉が出てきたのか自分でも分からない。
けれど新しい発見をした子供のような気分でごくごく自然についてでた言葉だった。
「あんたの顔にボクが映ってる」
彼の顔に映ったボクの顔は炎の動きに合わせてゆらゆらと揺れている。
その時だ。
ボクは確かにそこに見た。
彼の顔が、涙でくしゃくしゃになった少年の顔が。
ボクは魅入ってしまった。
これが彼なのか?
この少年が「顔のない戦士」なのか?
彼もボクの様子に気が付いたようだ。
泣き止むとボクの目を見返した。
その顔が花が咲くようにほころんでくる。
そして彼は笑い出す。
けらけらと笑い出す。
ボクもつられて笑い出す。
二人の笑い声は次第に大きくなり、いつしかボクは腹を抱え笑い転げていた。
夜空に二人の笑い声がこだました。

次の朝ボクが目を覚ますと彼は何事もなかったかのように座っていた。
彼はいつも通り無口だった。
あいかわらず顔はなかった。
けれどもボクはそれで良かった。
それだけで満足だった。

ボクは顔のない戦士と旅を続けている。
旅の目的はない。

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