# 飛べない魚
副題
あるいは笑い方を忘れてしまった僕等の物語
ある満月の夜。
コンビニの帰り道。
僕は公園で一人の少女に出会いました。
もじゃもじゃ頭だけど、とてもかわいらしい女の子でした。
女の子は白いワンピースを着ていました。
女の子は空の鳥かごを後ろ手に下げていました。
僕が名前を尋ねたら、女の子は地面に大きく「満」と書いて、
透き通った声で「ミ・チ・ル」と言いました。
僕は鳥かごを見ながら尋ねました。
「鳥が逃げたのですか?」
するとミチルは答えました。
「ううん、お魚が逃げたの」
そしてミチルは、クルル、と笑いました。
ガラス玉を転がしたような、とても素敵な声です。
「でも、鳥かごじゃお魚は飼えないでしょう?」
僕がそう言うと、ミチルは僕の顔をのぞき込みました。
「どうして鳥は空を飛ぶのか!」
僕は思わず答えに詰まってしまいました。
しばらく考えたあと、
「だって、鳥には羽があるから、だから飛ぶのです」
すると、ミチルはダンスのステップを刻むようにくるりと回ると、
ブーッと口を尖らせました。
「じゃぁ、どうして鳥は飛ぶのです?」
僕は少々ムキになって尋ねました。
ミチルはそんな僕を気にした風もなく、得意満々な様子で答えました。
「鳥はね、そこに空があるから飛ぶの。
魚はね、そこに海があるから泳ぐの。だから大丈夫!」
そしてミチルはまた、クルル、と笑いました。
僕にはどうして大丈夫なのかさっぱり分かりませんでした。
でも何故だか僕もとっても大丈夫な気がしました。
「そうか。だからミチルは鳥かごでお魚を飼うのですね」
「そ!」
僕は久しぶりに声をあげて笑いました。
体の中から染み出してくる本当の声を思う存分天に放ちました。
ミチルは僕の笑い声に合わせて踊り始めました。
満月の下、白い服を着た少女が踊る様は、それはもう美しいものでした。
なんてことはない。
たったこれだけのことだったのです。
夜空には満月に負けじと星が瞬いていました。
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