# 今夜、世界の片隅で。
今夜、世界の片隅で。
今日も僕は泣く。
理由もなくただ泣いている、そこにはむしろ喜びに近い感情。
この時間帯になると、まるでお昼にお腹が空くように、まるで夜に眠たくなるみたいに、僕は泣きたくなる訳。
涙が流れるのは3分間。
きっちり、きっかり3分間。
3分経つと涙は止まり、僕はティッシュで鼻をかんで、顔を洗って、一服してから床に就く。
その日もいつものようにティッシュに手を伸ばそうとしたとき、電話のベルが鳴った。
僕はティッシュの代わりに受話器を取り、「もしもし」の代わりに鼻をすすった。
受話器からため息が聞こえた。
「また泣いているの?」
僕は受話器を耳に当てたまま頷いた。
意味のないことは分かっていたけれど、もう一度言葉に出すのも変な気分だった。
「まったく、なにが悲しくて」
僕は空いている手でティッシュをとると鼻をかんだ、無言のまま。
「悲劇のヒーローでも気取ってるつもり?」
僕は煙草を咥えながら、彼女の言葉を聞いていた。
ライターはガス欠だった,僕はライターをごみ箱に放った。
「そうでもないよ。近くのデパートでくじ引きをやってるだろ?」
ライターはごみ箱の縁にぶつかり、外にこぼれ落ちた。
「ゴロゴロゴロって回すやつ」
僕は左手をくるくると回した,実際には右手を使ったのだけれど。
「なにか当たったの?」
僕は、ちょっと待っててと残し、台所へ向かった。
ガスコンロの火を点け、煙草の先をかざし、赤くなったところで口に咥える。
そして2口、3口吸って電話に戻った。
僕がお待たせと言うと、彼女はいい度胸ね、と腹を立てていた。
「私から電話してるんだよ」
「なんなら、折り返そうか?」
それよりも、と彼女、なにが当たったの?と繰り返す。
「なんだと思う?」
「もったいぶらないで」
僕は充分悪戯な間を置いてから答えた。
「ティッシュ」
途端に彼女の反応がない。
気弱な僕は不安になって、もう一度音を生み出した。
「ポケットティッシュ」
受話器の向こうから押し殺した音が聞こえた。
それは受話器を(心持ち)震わせ、僕の鼓膜は気持ちよく振動した、彼女が笑っている。
「おかしい?」
「とても。だって・・・」
彼女はまた笑い出す。
彼女は3分間笑い続けた、きっちりきっかり3分間。
計ってたんじゃないけれど、僕は3分間という感覚には自信がある訳。
「だって、ティッシュが当たったって、ハズレって言うの、ふつう」
そう言う彼女の息は切れ切れ。
「そうかなぁ・・・、そうかもね」
「あなたって実は幸せ者なのね」
彼女の口調は語尾に「うん、うん」と付けるような按配。
「うん。僕もそう思う」
僕がそう答えたら彼女はまたまた笑う。
ちっとも笑わせる気がない僕としては少し照れくさかったけれど、笑う彼女を想像するのは気分が良かった。
彼女はそろそろ切るねと笑い声に載せて言った。
なにか用があったんじゃないの?と僕が聞くと、
「あなたと話してたらどうでもよくなっちゃった」と彼女。
それじゃ、と彼女が言う。
おやすみ、と僕が言う。
そして電話は切れた。
僕は顔を洗っていないことに気付いて洗面所に向かった。
今夜、世界の片隅で。
僕はやっぱり泣きたくなる。
それはとても衝動的なもので、でも堪えきれない程のものでもないけれど、
泣く理由がないのと同じに泣かない理由もなく、僕は僕の気が済むまで涙を流す。
きっちり、きっかり、3分間。
そしてティッシュで鼻をかんで、顔を洗って、一服してから床に就く。
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