# ナラズモノ
靴箱を開いたら一丁の拳銃がそこに在った。
僕は、我が目を疑う前に、間違った靴箱を開いた可能性を疑った。
ここを開けることを半ば無意識の世界に追いやっている僕としては、
それが在る理由として最も信憑性の高い要因だからだ。
しかし扉を確認しても靴箱は間違っていない。
僕の無意識は確かな信頼性を主張している。
じゃぁ、誰かが置き違えたのか?
ふと僕は拳銃の脇に添えられた封筒に気付いた。
僕は周囲を窺い、封筒をポケットにねじ込み、靴を手にした。
同級生でごった返したここで拳銃を手に取ることは、なにか希望を失うように錯覚したのだ。
「ラブレター?」
突然の背後からの声に、おかしなことに、拳銃を目にしたときよりも余程驚いた。
僕はおずおずと振り返る。
そこには悪戯な笑みを浮かべた友人が立っていた。
「多分ね」
口にしたあとで、なんて間抜けなことを言ったんだろうと思ったが仕方ない。
覆水盆に帰らず?まぁ、そんなところだ。
「見せろよ」
彼は好奇に満ちた目で僕のポケットを見やった。
「ばぁか、見せるもんか!」
僕は平静を装い、わざとおどけて見せた。
彼は鼻を鳴らすと、近くに溜まっていた集団に混じり、
時々僕の方を見やりながら可笑しげに何かを話し始めた。
何かを?明らかなこと。
拳銃の存在を知られるよりはマシかと、僕は無視して家路に就いた。
後ろから僕を呼ぶ声が聞こえたが、聞く耳持たず。
アレがホンモノなのか気になったけど、あとになれば判ること。
封筒には宛名も差出人の名も書かれていない。
誰もいない家に帰って早速開けてみれば、出てきたのは2枚の紙。
“No.1”と記された紙には以下の通り。
『もしかしてこれをうけとるかもしれないだれかへ。
きみのせかいはせいじょうにきのうしているか?』
この文章を見る限り、アレを受け取るのは誰でもよかったらしい。
いや、待て。
よくよく考えたら僕の出席番号は10番だ。
そのことに気付いたらなんだか可笑しくて可笑しくて、笑ってしまった。
だって、僕の前に例えば「井上」がいたら、
あるいは「佐藤」がいなかったら、僕はいつも通りの日常を送っていたに違いないのだ。
“No.2”には英文のマニュアルがコピーされていた。
僕は鞄の中から英和辞典を取り出し解読に取り掛かった。
英語の授業は毎日行われ、更に毎日課題が出された。
進学校で、しかも一応先生の受けがよい僕の立場では、
重い辞書を常に鞄に入れおく必要がある。
何度か、3度くらい、親にもう一冊欲しい旨伝えたが、
親の返答はいつも同じ、僕はすぐに諦めた。
「贅沢言わないの。それに同じ辞書を使ったほうが効率がいいじゃない」
英文は、それほど難しいものでなく、僕はすぐに理解した。
と同時に理解できたのは、アレがホンモノであるということだ。
そう分かったら、どうアレを使うか、つまりマニュアルに書かれていることから、
どうアレをカッコよく使うかに興味が移った。
僕は本棚のコレクションの中から、背に『DESPERADO』とラベルされたビデオテープを取り出した。
アントニオ・バンデラスが派手な銃捌きを魅せる。
映画を見ながら、僕もデスペラードの仲間入りできるかもしれないと考えると、
なんだかドキドキした。
彼のことを紹介するならば、
彼は理性より感情が先に出る男だ。
彼は今時でない不良だ。
彼は僕のクラスメイトだ。
そして彼は僕の親友だ。
どうしてあまりに違いすぎる僕と彼が仲が良いのかと言えば、
虐められていた僕が彼に助けられた、という類の劇的なことではなく、
どちらかと言えば学校では彼の方が浮いている、
ごくごく自然に僕達は、彼に言わせれば、ツルンダのだ。
両極端な僕達はお互いを補い合っているのだと思う。
それは宿題を見せ合うとか、テストの答えを教えるとか、そういった次元の話では無しに。
僕は生きるために必要なことを、ご飯を食べるとか、お風呂に入るとか(?)、
ただ昨日まで必要だと考えていた勉強には身が入らなかったが、あらかた済ませてから、
彼に電話をした。
数回のコールのあと突然に大音量の激しい音の塊が僕を迎えた。
「なんだぁ?」
彼のでかい声が音に覆い被さる。
「音量を下げてくれない?」
僕も負けじと精一杯の声を吐き出した。
「今、いいトコロなんだよ!」
と彼の返事。
僕は電話を切った、これが彼の取り扱い方。
マニュアルを眺めながら彼の電話を待つ、それには10分ほどの時間を要した。
「なにか用?」
背後では遠くに、けれど依然として音楽が聞こえた。
僕はこれ見よがしにため息をついた。
「わるい、わるい。ちょぉどいいトコロだったからさ!」
『ちょぉど』を強調、これが彼のリズム。
「いいもの見つけたんだ。今から出られない?」
僕は切り出した。
待ち合わせの場所、学校の校門に着くと既に彼の姿があった。
彼はランニングシャツに短パンというラフな姿だった。
僕が着くなり、開口一番、
「ったく、ユデダコのやろぉ、俺を目の敵にしてやがる!」
通称ユデダコ,分類学上ホモ・サピエンス、かっこ英語教師かっことじる。
特徴、毛深い左手を振りながら熱弁する他に、怒りに伴う顔の発赤化。
彼は今日も授業態度がよくないと言う名目でユデダコに居残りさせられていた。
「絶対ぶっ殺す!!」
僕は内心ほくそ笑む。
「あんたの願い叶えてやろうか?」
彼は、おいおい、と表情を緩めた。
「あんだよ、らしくないな。いつもの優等生はどこに行っちまったんだ?」
僕は笑い、彼は首を傾げる。
「まぁ、付いて来なよ。いいもの見せてやるから」
おぅと、幾分気弱になった彼を引き連れて僕は靴箱に向かった、午後9時。
熱心な運動部はまだ活動を続けている時間帯。
とかく言う彼も短距離の実力を認められて、特待生でこの学校に入学した。
僕としては彼が短距離選手だと言うことがちょっと信じがたいことであるけども。
でも入学した途端、短距離の道を外れ、ボクシング部に入部、
先輩とやり合って2週間で退部、今では立派な帰宅部の一人。
彼の夢を聞くと、「立派な学者」。
どんな分野かと聞けば、「なんでもいいから、とにかくだ」が彼の答え。
まぁ、努力は認めるけれど、なにぶん結果が伴わない。
教師の評判が悪いのもちょっぴり頷けると言うのは彼には秘密。
運動部は活動していても、お日様はとっくの昔に(今日のところは)活動を止めている。
それは僕にとって都合がいい、つまり、拳銃を持っていても誰にも見つからない。
僕の思惑通り玄関はまだ開いていて、僕達の前に障害は無かった。
靴箱の中から、壊れやすいものを扱うようにそっと取り出した拳銃を見た彼は、
「すげぇぇぇっ!」と吠えた。
ファミレスで僕が拳銃を取り出すと、むしろ彼の方がドギマギした。
「大丈夫かよ・・・?」
「誰も本物だとは思わないよ」
僕は自分でも信じられないほど落ち着いていた。
ファミレスで見る拳銃は非現実的空気を醸し出している。
彼に例の封筒を渡し、僕はカートリッジを開き弾数を確認した。
3発。
世界の機能を正常に正すための3発。
ちょうどその時ウェイトレスが注文を取りに来た。
僕はカートリッジを収め、彼女に銃口を向けた。
彼女はちょっと身を引いたが、すぐに営業スマイルを取り戻し、
「モデルガンですか?」
「ホンモノだよ。今から強盗をするんだ。ところでここにはどのくらいお金があるの?」
「さぁ?でも強盗する価値があるほどのお金はないと思いますよ」
と彼女は苦笑いした。
彼が慌てた様子でコーヒーを2杯頼んだ。
彼女は注文の確認をしたあと、忙しそうに席を離れた。
「ほらね」
彼の目を見る。
「お前、意外に度胸あるなぁ」
と彼はまだ落ち着かない様子。
「これ、何に使う?ユデダコ殺す?」
まさかと彼は慌てて否定して、わざとらしく例の文面を音読した。
「もしかしてこれをうけとるかもしれないだれかへ。
きみのせかいはせいじょうにきのうしているか?・・・どういうことだ?」
「そのままだろ?」
しかし彼の質問の意図が別にあることは僕にも分かっていた。
僕達の世界は、確かに正常に機能しているとは言えないかも知れない。
あらゆる世界を破壊し尽くしたい衝動に駆られることもあるし、
殺したくなるほど憎らしく思う人もいる、ただ、それも一時的なこと。
結局のところ世界の誤差は許容範囲なんだ。
神経質に帳尻を合わせる必要性は見当たらない、じゃぁ?
「弾は3発。何に使う?」
「おい、お前使う気かよ?ケーサツに届けるもんだろ?」
「僕は本気だよ。お前の口から警察という言葉が出るとは思わなかったな」
「でもな・・・」
「お前だって撃ちたいだろう?」
彼は沈黙した。
先程のウェイトレスがコーヒーを運んできた。
「どこを襲うか相談しているんですか?」
営業スマイルとは明らかに違うにこやかな顔だった。
「そんなところです」
彼女は、ここは襲わないでくださいね、と残し別の席に向かった。
「とりあえず、コーヒーでも飲んで落ち着け。それから試し撃ちをしよう」
彼はしきりに舌打ちしながら、コーヒーを少しずつ飲んだ。
定期的に列車の通る鉄橋の下、川べり。
僕はコーラの空き缶に狙いを定めていた。
背後で彼の生唾を飲み込む音がやけに響く。
僕は緊張を吐き出そうと、大きく息をついた。
しかし銃身の震えを止めることは出来ない。
僕は銃の重さを全身で感じていた。
向かいの壁からは、落書の燃えるような男が僕を睨みつけてる。
「やめるなら、今だぞ」
彼が呟く、僕は無視する。
やがて遠くに遮断機の警告音が聞こえると、続いて雷のような轟音が近づいてきた。
銃を発射した途端、警察に囲まれる幻影が僕の中をよぎる。
周囲に人がいないことは十分に確認したはずだ、と自身に言い聞かせた。
緊張のピークと轟音のピークは同時だった。
トリガーを引く。
銃が炎を吐く。
反動が僕を襲う。
銃声が掻き消される。
空き缶の背後の壁に火花が散る。
空き缶は黙、黙、黙。
列車が通り過ぎたあとに鈍い音が響いた、それが列車の音なのか銃声なのか判断はつかないが。
僕と彼がほぼ同時にため息をついた。
僕は振り返り、彼を見つめた。
「撃つか?」
彼は何も言わずに僕から銃を受け取った。
僕は彼に場所を譲り、橋下の外に出た。
川のせせらぎと、虫の音が僕の耳に染み込んでいった。
彼のほうに目をやると、銃を下ろし天井を見上げている。
遮断機が鳴ると、彼は僕をちらりと見やり銃を構えた。
光の帯が僕を包み込み、彼の指先が一瞬輝く。
列車が通り過ぎたあと、無傷の空き缶が残った。
「どうだった?」
彼は答えずに肩で息をしている。
僕は壁に残った傷を見ようと歩きだした。
傷は思ったより上の方にあった。
2つの傷を見ながら、あと1発か、と呟く。
いつの間にか隣にいた彼が「どうする?」と僕を向いた。
「あと一人、誰かいればいいんだけど」
「誰か呼ぶか?」
でもこんな秘密を共有できるほどの友人を他に思いつかなかった。
「お前、頭いいから知ってるだろうけど」
僕達は最後の一発を残したまま、それとなく学校に向かっていた。
誰かの靴箱に戻そうかとも考えていたときだ。
「なに?」
「いや、わかんねぇのは、空に向かって撃った弾は落ちてくんのかな?」
「そりゃ、落ちてくるだろ」
やっぱりそうか、と彼は俯いた。
「なんなら、試してみるか?」
僕が、それこそ試しに言ってみた言葉に彼の顔が輝いた。
「いいのか!?」
彼の意外な反応に僕は思わず、
「うん、あと一発だし。グラウンドでやってみるか」
「ばれねぇか?」
「大丈夫だろ。車がパンクした程度にしか思わないよ」
そーか、そーかと彼はうれしそうに何度も頷いた。
「なんだよ、先刻まではビクついてたくせして」
「うるせぇっ!」
言葉に反して彼の足取りは軽くなったように感じた。
案の定、学校は無人になっていた。
僕達はグラウンドの、出来るだけ真中に立った。
「お前、撃ちたいんだろ?」
僕が銃を差し出すと、彼は、いいのか?なんて言いながら銃を受け取る。
「出来るだけ真上に打てよ」
僕はそれだけ言って銃を手放す。
まかせろ、と彼は銃を構えた。
「いいか?撃つぞ」
彼は空を見上げたまま。
「うん」
僕の視線も銃口の先、空の上。
「本当にいいな?」
僕が頷くと、彼は気配を察したのかヨシと呟いて足場を固めた。
一呼吸後・・・。
「宇宙まで飛んでいけぇ!」
彼の声と銃声が重なった。
彼は銃を下ろし、手を額にやる、空を見上げたまま僕に尋ねた。
「見えたか?」
「見えるわけないだろ」
そかそかと彼は頷いて、その場に大の字に寝そべった。
僕も右に習う。
しばらく、長い時間のように感じたが実際のところはわからない、二人で空を見上げていた。
「さっきさ、構えてから息するの忘れてた」
「そうか?」
「あのさ、今思ったんだけど、ナンバーワンとか、ナンバーツーとか意味ねぇよな」
「まったくだ」
正直なにが可笑しいのかよくわかんないけど、二人して声を挙げて笑った。
二人とも落ち着いた頃、彼が誰に言うとも無く、呟いた。
「星がキレーだなぁ・・・」
「うん」
「落ちてこねぇなぁ・・・」
「うん」
次の日。
彼は朝のホームルーム開始のチャイムと同時に教室に駆け込んでくる、いつもの朝。
ふと目が合った彼はニヤリと笑った。
ホームルームでは先生は銃の事には触れず、もちろん知らないから(多分)、
いつも通りの些細な連絡事項を伝えて教室から出ていった。
一限目はユデダコの時間。
その時になって予習をしていなことを思い出した。
予習無しに無事に乗り切れるほど甘い授業ではない。
彼を見たら、彼もやっていないだろうに、余裕かまして寝ていた。
ユデダコは出席をとると、左手を、まとわりついている何かを払うかのように、振り出した。
授業開始だ。
次々に生徒が餌食になっていく。
ユデダコの素晴らしいことは、毎時間クラス全員にランダムに問題を出すということで、
それは同じ生徒が二度当たることはなく、確実なことだった。
まさに長い教師生活の賜物。
生徒からの人望という核心的で肝心な要素は欠けているのだが。
一方、僕はいつもとは違い、ユデダコの話を聞き流しながら、言い訳を考えていた。
具合が悪かったから、妥当なところだ。
いよいよ僕の番、難易度の高い問題が僕に振られる。
ユデダコは信頼の目で僕を見ている。
けれど、僕の答えは、
「わかりません」
ユデダコはさも意外と顔を曇らせた。
「どうした?いつものお前なら難しい問題じゃないだろ?」
僕は教科書を眺め、とりあえず考える振りをする。
「予習していないのか?」
はい、と答えると、
「具合でも悪かったのか?」
瞬間僕が僕に飲み込まれ、僕は席を立ち上がった。
みんなの視線を感じる。
「実は昨日、拳銃を拾ってしまい、それどころではなかったのです」
周囲がざわつき始めた。
ユデダコは困った顔をして見せた。
「先生をからかってるのか?」
僕は胸を張り答えた。
「いいえ、本当のことです」
ユデダコの顔がみるみる赤く染まる。
教室の背後では、彼がいやらしく笑った。
弾の行方は誰も知らない。
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